上杉機関 別館

※当ブログは常に3分程度で文章を仕上げています。そのため、誤字脱字がありますが、時間に余裕ができたら、後で文章を修正をしていきます。 キータッチが直接日本語入力なので、酷い文章になっています。外国人ではないので、安心してください。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

★★★日本の賢人 川内康範 永眠。

作曲家であり、また政界の番人である川内広範氏が、昨日お亡くなりになられた。
この人物は、人としての【道】を導く指導者であった。作曲家として活動を
しながらも、数々の事件や政治に対しての批判を貫き、その心は任侠や
警官、私人、芸能人達も認めた賢人であった。その代表作は作曲だけに
とどまらず、月光仮面や「にほん昔話」などの最高作品を創作しつづけ、
日本の文化を正しく創った日本の父であった。眠るにはもったいない
ほどの偉人であり、賢人であった。やすらかに眠りたまえ。そして
再び日本のリーダーとして生まれ変わってきたまえ。と願うばかりである。

川内氏の業績は作曲や芸能にとどまらず、政治的にも優れていた。
福田首相を導く指導者でもあり、日本の鏡でもあった。
毒入り事件の時は、犯人を叱りつけ事件を沈静化させ、日本人
の戦死者の遺骨収集を自らの思想で活動していた賢人であった。
人の余生というのは、こうあるべきなのである。

国民の皆様、ぜひとも川内康範氏のようになろうではないか。
善を(禅)貫き、悪をこらしめ、愛に生きる。人間のいいところ
を学び、悪は滅する。この考え方はまさに「日本精神」であり、
模範となるべき思想である。

その名作である日本昔話の曲にはこういう歌詞が書かれている。
「いいな、いいな、人間っていいな、」と。
本来人間というものは、善悪を区別すれば、生きる事が楽しくて
仕方ない動物である。人間をまとめるのは本来「道」であり、
犯罪や愚行ではないのである。我々日本国民はこのような
生き方をしてこそ、人間として楽しく生きられる道を作り出せるのである。

生きる楽しさを忘れた現在人と、今の青少年に言いたい。

道徳を学び、正義に満ち溢れ、愛とを貫いて生きるのは、
本当に楽しいのだよと。

自殺する人々の心には、魔がとりついている。これは宗教的な意味ではなく、
抽象的な表現として現われている。しかし、人間の楽しみは生き続ける
本能にある。しかし、その本能を破壊しているのは現代文明であり、
愚人達の行いのある社会、そこに元凶があるのである。
それを取り除く役目を担っていたのが、川内氏であった。

もし人生がつまらんと感じる人は、この人の歌と日本昔話を
見て・聞いて、再学習していただきたい。真剣に学べば
本来の自分を構築できるはずである。
ディズニーや、タイニーアニメのような欺瞞に満ちた作品では、
何も感じ取れない「獣」として人間が成長してしまうだろう。
あの見せかけの世界には何も無く、日本の文学には全てが
示されている。その一つが日本昔話であり、日本のクラシック歌謡曲
にあるのだ。私はヒップホップが好きだ、ダンス系が好きだ、という
ひとこそ、その母体として川内氏のような表現作品を母体として
作品を作って頂きたいのだ。それが現代人の役目であり、
日本人として生まれた文化の継承者なのである。

ぜひ新しい世代の作曲家達こそ、この人のような人間的表現の情景を
描くことのできる作品を創っていただきたいのである。
歌詞に情景が見えてくるような、文学的創造をしていただきたいと、
願うばかりである。

最近の歌詞はどうだろうか?桜という歌詞が近年流行った。
その内容は【風景】や【情景】を描いたからなのである。
ただシャウトしているだけではこのようなヒット曲は生まれない。
やはりそこには、人間としての表現が情景として刻まれている
表現があったこそ、ヒットしているのである。
文学作品でも何でもそう、有機的比率に置き換えて表現するとよい。
音楽ならば歌詞の7割の部分を、社会情勢や情景の含む歌詞に
するといい。そして残りの3割に個人的私情や情景でいい。
こうすることで、人間のもっている普遍的な有機構造が表現され、
バランスがとれるのである。またこの逆でも構わない。


もしテレビをみていて画面が正四角形だった場合、
見ている人は常に緊張する。当然見苦しい感覚となる。
そこで640X400比率で表現することにより、安心した
情景が生まれるのである。起承転結の表現方法として
常に文学作品や音楽に表現していけばよいのである。
科学の発見も面白いもので、70%の努力と30%の偶然が導く
ケースが多い。どうやら人間的な普遍的価値は、
対比にあるのだと思われる。これらは二元論と言われる
表現ではなく、対比なのである。優れた作品ほど
このバランス感覚も優れているというケースが多い。
二元論の表現方法になると、有機質が失われ、
即ちゴシックとなる。これでは味がなく、表現に乏しい。
海外の考え方はこの単調な二元論である。
言葉でいえば、イエスかノーの、いずれかの二つなのである。

しかし優れた民族や日本の文化は、さらにそこに「マル」が入る
のである。「イエス・ノー・●」という具合に。
なので日本人の表現幅はとてつもなく深いのである。
しかし戦後の日本は米軍の思想矯正によって、
二元論のイエスとノーしか使われなくされてしまったのである。
これでは面白くない。現代ミュージックも最近は
二つの原理しか使われなくなっている。
個人思想に重点をおき、歌手の存在性のみである。
これでは二つの表現だけであり、飽きられる。
なので10年も歌われる歌詞が少ないのである。
では戦前の教育世代の名曲はどうだろうか?
「歌詞・ハーモニックなメロディー・歌手の存在」
という具合に調和をとっている。そしてその中でも
歌手を控えめにした作品が多い。
こうすることでメロディーと歌詞を7にし、
目立つ人間側を3とする方法が自然に使われている。
これで奇妙なバランスがとれて調和となったのである。



スポンサーサイト

« 国際テロ組織 フリーメイソンズ・イルミナティー|Top|オリンピックをする資格とは »

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://kikan987.blog82.fc2.com/tb.php/13-23fbb5ad

Top

HOME

上杉

Author:上杉
FC2ブログへようこそ!

QRコード

名前:
メール:
件名:
本文:








この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。